約束のラフマニノフは、別れの序曲

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 しばしカレンダーを見つめて思案していた忍は、一つの決断を下し、すっと顔を上げた。 腕時計を見ると、約束の時間までは、まだ充分にあった。  西側の窓から射し込む冬の陽光が、かすかなオレンジ色を帯び始めていた。  忍が内科の医局に顔を出すと、土曜の夕刻、ということもあり、帰ったものも多いのか数人が残っているだけだった。  年末、片付ける事務作業が多いのか、皆パソコンに向かったまま黙々と仕事をしており、忍が来たことにも気付かない者もいた。  担当患者の中に予断を許さない患者がいれば、休日であっても大抵は顔を出す忍だが、そんな時は、明らかに私服と分かるシャツにメディカルウエアを引掛けただけの恰好だった。 周囲にはそうして出勤時とは異なった格好でいて‘本来は休み’と認識してもらわないと、予定外の仕事が舞い込むことが避けられないからだ。 「お疲れ様です緒方先生、とは言っても、今日はお休みだったみたいですね」  隣にいた後輩医師が声を掛けた。 「ああ、ちょっと気になるクランケだけ診に来た」  忍は立ったまま、自分のデスクのパソコンを立ち上げ、答えた。 後輩医師の、そうですかー、という声を聞きながら、忍は展開したパソコンの画面を睨みつけた。  昨日の夕方電源を切った筈のパソコン。 しかし、それ以後、今朝までの間にプログラムが更新された形跡が残っていた。 これは、誰かがこのパソコンを使った、という痕跡だ。
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