約束のラフマニノフは、別れの序曲

2/29
前へ
/35ページ
次へ
 うららかな日差しが冬の空気を暖かに染める土曜日の昼下がり。 二階の東南の角に位置する忍の部屋には束の間の自然の暖気に溢れていた。  忍は、今朝起きた時からずっと荷造りに追われていた。 十畳の忍の部屋は、見る間に段ボールが積み上げられ、医学書がずらりと並んでいた大きな本棚は空の棚へと変わっていった。 「引っ越し先はちゃんと決まったのか」  トレーに載せたコーヒーを持って部屋に現れた和也に聞かれ、忍は本を段ボールに詰める手を休める事なく答える。 「先月、同僚が一人結婚してちょうど独身寮が一部屋空いたところだった。 そこに入れてもらえた」 「そうか、それならいいが……。 友達のところに転がり込んだりするわけではないんだな」  和也にコーヒーを手渡されて手を休めた忍は笑いながら、ああ、と答えた。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!

32人が本棚に入れています
本棚に追加