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今夜ラフマニノフを聴くことは、昔の自分と決別する為の儀式。
たとえ、兄が一緒でなくても、自分が前に進むには、吹っ切らなければいけないものがある。
そっと差しのべられた手に身を委ね、立ち上がった美羽は黛にエスコートされて、コンサートが催される大ホールへと続く長いエスカレーターに乗った。
音楽関係者に注目されている話題のコンサートとあって、会場には黛の知り合いが多くいた。
挨拶を交わす者は皆、隣にいる美羽のことを聞いたが、黛は優美な微笑を浮かべ
「教え子とデートです」
とスマートに答えた。
あまりに自然な言い方に、それ以上何か聞く者はいなかった。
見るからに各界の重鎮といった風貌の紳士と対等に言葉を交わす姿から、黛が音楽の世界でどのようなポジションに身を置いているのか窺い知れ、美羽は隣で緊張に身を固くした。
そんな美羽を気遣い、黛はさり気なく、それでいて失礼のないように会話を短く切り上げた。
「先生、モテるでしょ」
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