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この雰囲気、久しぶりだわ。
席に着いた美羽は、ホールを包む独特な空気をゆっくりと吸いこんだ。
上質のクッションに身を沈め、目を閉じた美羽に、隣に座った黛が静かに言った。
「美羽ちゃんは四年前、ここで行われた日コンの決勝に出るはずだったんだよね。
今夜の、このラフマニノフのピアノコンチェルトで」
刺すような痛みが身体を貫き、美羽は何も答えられずに俯いた。
それは、直視するにはあまりにも辛い過去。
ステージの真ん中に据えられたあのグランドピアノを弾く自分の姿が頭に描かれてしまう。
眩しい光の下、オーケストラに囲まれたあの、特別な空間に、自分はいた筈だった。
蘇るのは、ピアノの前に座った時に見える光景。
指が覚えている感触。
耳に残るオーケストラの重厚な音、音、音。
しかし、それはあの日、微塵も残らない形で、崩れ去った。
美羽は杭が打ち込まれるような痛みに目を固く閉じたまま、うずくまりそうになる自分の身体を必死に支えていた。
「緒方から、聞いてるよ」
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