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ハッと顔を上げた美羽に優しい笑みを向け、黛は続けた。
「ちゃんと過去に向き合わないと、過去に決着をつけさせないと、美羽は前には進めない、だから辛くてもこのコンサートだけは聴かせてやりたい。
でもそれは、一人ではあまりにも酷な試練で、もしも自分がいけなかった時に誰かに必ずいてやって欲しいって。
その誰か、という白羽の矢が、僕に当たったんだ。
音楽を生業にしてきて、その酸いも甘いも、知る僕に。
それが、アイツの人選。全部、キミを想ってのこと」
トクントクンという鼓動が、美羽の胸を打つ。
美羽は、深く息を吐き、呼吸を整えた。
息苦しさを、我慢する。
「緒方を昔から知る僕だから言えるんだ。
冷徹で、自分の利にならないことはまずしないようなヤツだった緒方が、初めて本当に、芯から人を愛することを知ったんじゃないかな。
その人が乗り越えなければいけない壁も、一緒に乗り越えてやりたい、辛いのなら、一緒にその辛さを味わえばいい、そう思える感情を、アイツは初めて知ったんじゃないかな。
僕は、そう思う」
負い目だ、と言った言葉の裏には違う本心が隠されていた。
美羽の目から、涙が零れた。
家族に認められることのない、兄との関係。
家族は捨てられない。
兄も、捨てられない。
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