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美羽をそんな風にしてしまったのは、あの家の特殊な環境だろう。
「少なくとも、ラフマニノフはちゃんと聴けていたと思うよ。
後半のカデンツの部分で、自分が弾いたのと少し違う、って囁いて笑みをみせていたから」
ピアノコンチェルトに於けるカデンツとは、ピアノソロパートを指し、プレイヤーの言わば見せ場となっている。
作曲家が書き遺したものを弾くのが基本だが、カデンツはその場で即興で演奏されるものであった為、自らのテクニックを披露するためより難易度を上げた、アレンジしたカデンツを演奏するピアニストもいる。
今夜のピアニストもそうだった。
聴けたとこは、良かったのだろうか。
美羽は、何を想い、何を考えて、聴いたのだろうか。
目を閉じた忍の逡巡を止めるように黛が切り出した。
「親御さんは?」
忍は顔を上げ、ああ、と答えた。
「今うちは少しバタバタしていて連絡がつかないから、誠に連絡しておいた。
アイツがなんとか親に連絡してくれるだろ」
家がバタバタ? と黛が首を傾げた時、
「兄さん!」
忍の末弟の誠が、大きな紙袋を抱えてやって来た。
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