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土曜の夜の池袋西口は、様々な人で溢れ返っていた。
話し声、笑い声、行き交う者の顔は多種多様。
帰路に着く者、呑みに繰り出す者、どの顔も解放感に満たされた幸せな色に見えた。
美羽は、西口公園内にある東京芸術劇場のロビーにいた。
都で管理する東京芸術劇場、通称、芸劇は、近代的な建物となっており、開放的は造りの広いロビーは公園との間を遮る壁もドアもほとんどない。
太い柱が幾つかあるのみだった。
その為、外気とほぼ同じ気温となっていた。
体調が万全ではない身体には応える寒さの中美羽は、ブーツ用意しておけば良かった、と前を通っていく女性の足元を見、着込んだコートの襟を立て、マフラーに顔を埋めた。
本当は、立っているのもやっとの状態だった。
しかし、今夜だけはここに来たかった。
行くべきか、行かぬべきか、と迷ったのは一瞬だった。
この機会を逃せば、兄とはもう一生言葉を交わすことができないかもしれない、と思ったのだ。
あの夜の、兄が発した受け入れ難い言葉の意味を、真意を、知りたかったのだ。
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