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原は、大きなため息と共に、そうだったね、という言葉を吐いた。
「学生の頃から君は色々な問題を起こしてきたが、元をただせば全て確固たる信念のもとに行ったものだった。
そのブレない信念が医師としての実績を積んだ昨今では心臓外科からクランケを横取りするような事も行うようになっていたのだろうね。
しかし、それは君の独りよがりにはならないかね」
いつも穏やかで、決して声を荒げたりしたこともなく、静かな語り口が特徴だった原の声が、次第に固く厳しいものになって行った。
そこに、忍に対して抱いてきた積年の不信が滲み出ていたが、原は一呼吸置いて続けた。
「君には、今一度ここを離れることになるとは思うが、将来の席は用意しておこうと思っているのだ」
原に対する失望が今くっきりとした形となって胸の中に湧くのを感じた忍は、拳を握り締めていた。
〝君の席〟か。そんなものを用意してもらって何になる。
忍は心中で吐き捨てた。
もとはと言えば、この治験の不正から生まれた承認薬が、美羽の人生を、夢を奪ったのではあるまいか。
しかし、責任は取らなければならないのは原だけではない。
美羽にその製剤を使った自分。
忍は、改めて覚悟を決め、口を開いた。
「僕が守りたいものは、地位でも名誉でもありません。
たった一人の女性の、人生ですから。
それさえ守れれば、僕には失うものなどありません」
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