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ここから出て、自分の足で歩いて、ピアノ弾いて、そんな事、また出来るのかな。
美羽はすっかり細くなった手指を見た。
持ち上げて顔の前にかざすと、見るからに不健康そうな血の気のない自分の手がまるで死人の手のように気味悪く目に映り、美羽は慌てて下ろし引っ込めた。
こんな手は自分の手じゃない。ピアノの技術は一日弾かないだけで、ひと月分は後退する、と言われている。
自分は一体どれだけの後退をしたのだろう。
こんな手ではもう、弾けないかもしれない。
急激に襲ってきた倦怠感に美羽は眩暈を覚えた。
駄目だ、ベッドに戻ろう。看護師さんを呼ぼう。
そう思った時、入口に人の気配があり、ドアを軽くノックする音がした。
美羽が振り向いたのと〝その人〟がそっとカーテンから顔を出すのは同時だった。
美羽は息を呑んだ。
「お兄さん……」
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