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「うわ、」
なにかが切れるような音がしたあとに床が揺れて、私は嫌な予感がした。
乗った時に音が変だったことを思い出しながら、私は動かないエレベーターの中で視線を巡らす。
先に乗っていた彼の動向が気になり、ボタン付近に視線を向ければ。
黒いコートを着た彼がさも当然のことのように、エレベーターのボタンを細い指で押した。
緊急用のボタンを押しながら、状況と場所をエレベーター会社に話す彼を改めて見て、なんでよりによって彼なんだ、と私は一人ごちた。
ーー蜂谷伊吹さん。
隣の部屋の住人である彼は、端正な顔立ちゆえ、このマンションの住人から人気の高い男性。
関わらないようにしていた彼が、今、このエレベーターという一過性の密室にいる。
それが私にとってどれだけ大変なことかを、彼は知らない。
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