ジジイと眼鏡

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 ふと見ると、暖炉の上に老眼鏡が置いてあった。  しかし、火の当たる位置のロッキングチェアーは空席。  数日前まで、そこはある一人の老いた男の定位置だった。  男……ジジイは、あの椅子に座って眼鏡を弄るのが癖だった。  雪国ゆえのしんしんと冷える夜、赤々と火の灯る暖炉に足を向け、誰とも構わず説教を垂れながら、それでも眼鏡を拭く手を止めようとしない男だった。  鬱陶しい、それ以上の思いを抱いたことは無かったが、今となってはその姿を再び見ること能わないのも物悲しいものだ。  ジジイは、眼鏡を拭く癖に、それを掛ける事は好まなかった。  年をくい目も悪くなっているのに、頑なに拒み続ける頑固な男だった。何の拘りがあったかは知らないが、彼にそうさせる何かがあったのだろう。  そして三日前、ジジイは死んだ。  正確には一週間前から行方不明、見つかったのが三日前だった。  何を血迷ったか老いた身体に鞭打って吹雪の中外出し、二度と彼の定位置に戻ってくることは無かった。   その遺体は雪の積もった山の中で見つかった。凍死ではなく、どうも足を滑らせ、打ち所が悪くて死んだらしい。  警察の方では一人暮らしのボケ老人の奇行で決着したと聞いた。  正直、その通りじゃなかろうかと思う。  もしかすると、想像もつかない何かがあるのかもしれない。  そして葬式も終わり、一段落ついたところで古ぼけた眼鏡に気が付いた。  眼鏡がここにあることから、ジジイはこれを掛けて行かなかったことが分かる。  掛けていれば結果は変わったのだろうか。  それとも、死ぬことは変わらなかっただろうか。  見落とした石で頭を打って死ぬか、凍死かの違いかもしれない。  だが、生きて帰ってくる可能性があったのなら、掛けていて欲しかった。  ジジイを殺したのは、ジジイ自身の拘りだった。  馬鹿らしい話だが、それが結果だ。  そう決めつけることが、なぜか無性に悔しく、悲しかった。
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