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鍵はかかっていませんでした。
扉は開け放たれていました。
見張りはいませんでした。
小さな窓から入る陽光が届かないように、彼女は部屋のすみでうずくまっていました。
擦り切れた毛布を頭から被り、膝をかかえてただひたすらに震えていました。
その部屋の中に、彼女を害するものはありません。
その部屋の外にも、彼女を脅かすものはありません。
光が届かない薄暗がりで、彼女は疲れたように倒れました。顔にかかる毛布をはらう力はありましたが、彼女はあえてしませんでした。
そうやって小さく呼吸をしていると、彼女の耳に音が聞こえました。規則正しいリズムで耳に、心臓に伝わってくる、人間の足音。
その人間は惑うことなく部屋に入りました。
彼女に近づき、彼女の頭を起こし、手に持ったコップの水を彼女の口に含ませます。数秒の間を置いて、彼女の喉はかすかに動きました。
曇ったような、虚ろのような、暗い昏い彼女の瞳に、その人間は映っていません。
「帰ろう」
人間のささやきにも、彼女は反応しませんでした。わずかに上下する彼女の胸を見て、人間はほんの少し視線を落とし、彼女を床に横たわらせました。
「また、来るから」
そう言って、人間は部屋から出ていきました。足音が遠ざかっていき、彼女の耳が音をとらえなくなって数分後、彼女はむくりと起き上がりました。
ずれ落ちてしまった毛布を拾い上げて先ほどのように被り直し、先ほどのように座り直します。膝の間に顔を埋めて、彼女は小さく、震える息を吐き出しました。
「帰りたい」
鍵はかかっていませんでした。
扉は開け放たれていました。
見張りはいませんでした。
彼女の行動を妨げるものは、何もありませんでした。
それでも彼女は、その薄暗がりから出ようとしませんでした。
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