紅の絆

2/2
前へ
/2ページ
次へ
「つっ……」  指の腹を、ふいに熱に似た痛みが突き刺す。思わず針を取り落とした私は、まじまじと自分の指先を見つめた。深い赤がじんわり、玉となって皮膚に染み出てくる。  声も言葉も感慨もないままにそれを見つめていると、リビングに一つだけある丸テーブルの向こう側で、いらだったような声を上げた弟が立ち上がった。  突然の動きに思わず肩が震え、わずかな興味を持って弟の動作を目で追う。私の後ろに移動し、彼は引き出しが三つついた小さな棚から、救急箱を取り出す。  そのまま床に座り込んで、ほら、と私に手を差し出す弟。何のことかわからなくて、私は膝に落ちた針をその上に置いた。  違うって、と呟いた弟は手の平を傾けて彼の傍らのテーブルに針を落とす。銀色の胴体が光に反射するのを眺めていたのだが、注意深く手がつかまれる感覚で現実に引き戻された。 「あーあー、何やってんだよ。もう二十歳なんだから、しっかりしろよな」  指先にぷっくりと浮かんだ紅玉が一瞬でティッシュペーパーに吸い込まれる。弟は、それから手際よく私の指先を消毒し、絆創膏を巻いた。 「ありがとう」  微笑みを浮かべてお礼を言うと、弟は対照的に暗い顔をした。 「やっぱりまだ……やりたくなる、か?」  絆創膏を眺めていた私の瞳が、意図せず見開かれる。脳裏によみがえる光景は、床に散らばる大量のティッシュペーパーと、こぼれた消毒液、引きはがされた包帯。  眉間にしわが寄るように目を閉じ、私は小さく首を降った。 「今は大丈夫。ただね、海斗。私はすごく……楽しい」  弟が慎重につぶやくのがわかる。 「……何が?」 「今が。あんなことがあっても、海斗は私を見捨てないでくれた」 「そりゃあ……弟だし」  照れているんだ。私はそれを空気で感じ取る。声には出さずに微笑んで、私はそっとささやいた。 「ほんとに、ありがとう」  そっと私の左手が持ち上げられる。弟は両手で私の手を包み、握りしめていた。 「俺、だって……よかったよ。生きててくれて」  熱いほどのぬくもりを左手に感じながら、私は一つぶ、涙を落とした。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加