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アパートに入ると、部屋の明かりをつける前に、久茂が櫛屋の胸の中に飛び込んできた。
「櫛屋、ごめん……」
背中に回された細い腕に力が入る。
「わがまま言って、ごめん。でも、でも、今夜は櫛屋と一緒にいたかったんだ」
「久茂……」
「本当は毎日会いたいんだ。ずっと一緒にいたいんだ。でも……」
「久茂、わかってる……」
久茂の細い身体に腕を回しきつく抱き締めた。
「櫛屋が、俺のこと、心配して……ちゃんと……ちゃんと……」
「もういい」
「櫛屋、俺のこと怒ってない? 嫌いになったりしない?」
暗闇に慣れた目で見下ろす久茂の瞳は、そのものが放っているかのようにキラリキラリと光っている。
目まぐるしく環境が変化し、新しいことに次々と出合い、緊張もしていただろう久茂は、笑顔を見せていても不安でいっぱいだったのだ。
櫛屋はただ甘えさせてやればよかった。
話を聞き、わがままを笑い飛ばし、優しく抱きしめてやるだけでよかったのだ。
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