ふたりの春

2/5
231人が本棚に入れています
本棚に追加
/145ページ
 フォーラム会場のある代官山の建物の中庭はとても春めいていた。今年は桜の開花が前年に比べると一週間ばかり早く、もうすぐ満開に咲き乱れそうな状態にあるらしい。  水樹は応募したフォトコンテストで見事優秀賞6名の中の一人に選ばれた。今日は、その中から、津田を含めた審査員5名の合議により、グランプリを選出する公開審査会が行われる。  会場となる代官山の複合施設の一部であるこの建物は、貸し出しのできる展覧会スペースや、イベントなどを行える大きめの部屋などがあり、今日の会場でもあるその部屋の壁には、コンテストに応募した人たちの作品がすべて飾られていて、様々な表現や技法による『愛とエロス』が、会場内を官能的に演出していた。  『愛とエロス』という普遍的なテーマは、捉えやすいようで実に観念的だと思う。だから水樹は、リアルな自分たちの恋を、僕を通して写し撮ろうとした。そこにある、お互いを切ないほど愛おしく思う純粋さを、愛というものを体現する究極の形であるセックスで表現しようとしたのだ。でもそれは、下手をすれば低俗で卑猥な作品になってしまう危険性があるが、水樹が引き出した僕の中のセクシャリティーと、水樹への募る恋情が、モノクロの静けさと気高さにより、四角いパネルの中で艶やかに表現されているのではないかと感じた。だから僕はそこに写っているのが自分とはとても思えず、不思議と客観的に見ることができた。そのせいで、想像していたような羞恥はなく、僕は少しだけ安心することができた。  水樹と僕は会場の外で適当に座れる場所を見つけると、公開審査会が始まるまで、そこでただひたすらじっとしながら時間を潰した。開会まで十五分。迫りくる運命の分かれ道に、僕と水樹は緊張と期待で本当にどうにかなりそうだった。僕達は背中合わせでソファーに座ると、お互いの背中に体を強く預けながら、なんとか平静を保つ努力をした。
/145ページ

最初のコメントを投稿しよう!