ふたりの春

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「もうすぐだね」  僕は水樹の方に顔を向けると、なるべく深刻にならないようなニュアンスでそう言った。 「うん。口から胃が飛び出しそうだよ」  水樹の、嫌味なくらい堂々としたいつもの態度は幻かと思わせるような顔に、僕はこっそりと水樹の手を握ってやった。  このコンテストの人気と規模を考えると、水樹は最優秀に残ったことだけでも奇跡に近いのかもしれない。そこから頂点に選ばれるには、自分の写真がどれだけ見る側に強く訴える力があるか。それが勝負のカギを握るのだろう。審査員も人間だ。価値観は千差万別。その時の気分も大きく審査に左右されるのだと思うと、正直僕はコンテストというものの存在自体に無意味さを感じずにはいられない。だから、ここで大賞を獲れなくても、水樹は何も落ち込む必要などないし、才能が無いと否定的に考える必要もないのだと僕は水樹に伝えたい。だって、水樹が撮った僕の写真は、ここにあるどの作品よりも優れた最高傑作だと、僕だけは自信を持って言えるのだから。  確かに水樹は津田と賭けをした。それはとても無謀な賭けだ。でもそれは、水樹が津田という呪縛から自分を取り戻そうとした能動的な行動からだ。そんな水樹の純粋な誇り高い精神を、神様は絶対見放さないはずだ。などと結局、僕は神頼み的な思想に陥る情けない自分に、今この瞬間心底辟易する。  公開審査は優秀賞を獲った6名と、審査員5名。主催者側の若干名とコンテストに応募した中から抽選で選ばれた百名が入れるだけで、部外者は入室禁止だった。  審査五分前になると、水樹はスタッフに名前を呼ばれ、会場へと入っていった。僕は、がちがちに固まる水樹の後ろ姿を見送ると、審査が終わるまでじっとしていられなくて、建物の中庭に出て、数種の木々が並ぶ緑のオアシスを探索し始めた。探索すると言ってもぐるっと一回りするのに五分も掛らないほどの小さな中庭で、僕は変質者のように落ち着きなくそこを歩き回った。  心地よい小春日和の日差しに照らされていると、今日と言う日が水樹と僕にとって特別な日になるような気がしてくるから不思議だ。きっとこんな天気の良い日に、絶望的な報せなど不釣り合いだとそう前向きに考えながら、僕は、春の息吹を少しだけど感じることのできる中庭を、なるべく下を向かず青空を見つめながら歩いた。
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