ふたりの春

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 どのくらい時間が経っただろうか。僕は自分のポケット中の携帯がバイブしていることに気づくのに、少しだけ時間が要った。慌ててポケットに手を突っ込むと、焦っていたため芝生の上に携帯を落とした。表になって落ちた携帯の着信画面には、『水樹』という名前が表示されている。僕は動悸の激しくなった心臓に手を当てながら、急いで携帯を拾い上げたが、指が震えてしまい着信ボタンをすぐにタップできない。僕は深呼吸をひとつし心の準備をすると、思い切って緑のボタンをタップした。 「もしもし、水樹?」  電話口の水樹は僕の問いかけにすぐには応えなかった。その反応の悪さから、僕はコンテストの結果を自分なりに悟った。 「……百瀬」 「み、水樹? 大丈夫?」 「ごめんよ。俺……やっぱバカだった」 「え?」 「駄目だった。グランプリ。他の奴に持ってかれた。公開審査でも、審査員からの鋭い批評に、心が折れそうだった」 「そ、んな……」  僕は膝から崩れ落ちてしまいそうなほどのショックを受けた。 「でも、先生は言ってくれたんだよ」 「え?」 「頭に思い描いた映像を表現する感性と技術が写真家には必要だって。見る者に自分の思いを強く伝えられるようにならなきゃ駄目なんだって……先生、俺にはそれができるって……」 「え?」 「審査終了後呼び止められたんだ。先生に。グランプリにはなれなかったけど、もう、私を先生って呼ぶなって……百瀬、俺今日でアシスタントをクビになったよ」 「ど、どういうこと?」  僕は水樹の言っている意味が分からず、近くのベンチに腰掛けると、ゆっくりと問いかけた。 「お前は晴れて自由だよって。だからこれからお前は血の吐くような苦労をするかもしれないけど、私は助けないって……お前を信じてるから」  水樹は、その言葉の意味を心の中で反芻するように、丁寧に言った。 「今よりもっとアバンギャルドになって、私の度肝を抜かせ。そして、いつか私を追い越せよって……先生、そう俺に言ったんだ」  水樹の声は涙で濡れていた。最後の頃はよく聞き取ることができなかった。でも、僕は津田の言葉の意味を理解することができた。津田の水樹への愛をはっきりと受け止めることができた。
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