7人が本棚に入れています
本棚に追加
に
男は小学生の頃に一度だけ父と釣りに来たことがあった。海は広大な空の青さをどこまでも映し出していた。その光景を見て釣りへの期待に胸を膨らませた。男が海を見ている間、父は釣りの用意をしていた。そしていよいよ釣りをしようとした時である。じぃっと目を凝らしていると海の表面より以下の世界が広がってみえた。どの深さにどんな魚がいるのか、はっきりとわかってしまうのである。海底の海草のゆれまでしっかりとみえる。その時、男は自分には特別な力があると知った。大物と言われる魚はこんなところにも潜んでいるのか。どのぐらいの距離までみえるかは男の気分次第であった。試しにずっと深くまで見てみようとしたが、目に激痛が走った。ここが限界であると理解した。男は自分の得意体質に驚いてはいたがうれしくていっぱい釣ってやるぞと意気込んだ。そうだ、大物を釣って父を脅かしてやろうとニヤニヤ企んだ。そして結果だけいうとみごと失敗に終わった。気づいたときには全身がびしょびしょで口の中がしょっぱくて仕方なく、喉が気持ち悪く咳がとまらなかった。そう、男は覗きこみすぎるあまり手を滑らせ海へ落ちて溺れたのである。
その恐怖の体験からトラウマになり、もう海にはいかんぞと決意を固めた。以後、あの坂道を下ったことはなかった。そして、その得意体質を他のところで試してはみたが何もみることができなかった。そのため、男は得意体質のことは誰にも話すことはなかった。
最初のコメントを投稿しよう!