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いち
青く広がる海の上を白い紐みたいに波がいったりきたりを繰り返している。それ以上…いや、以下は我々は知ることはない。目を凝らしても知ることはない。以下の世界を以下の生き物を地上に突っ立って目を凝らしたって曖昧にしかみることをできない。
「釣りに来たのは何年ぶりだろう。」
男はその海の輝きを目に写し、ぐっと釣竿を握りしめた。この海岸は男の家から一本坂をずっとくだった先にある。釣り道具一式をのせ、ゆっくりと坂を下った。潮風の匂いを感じながらたまには自転車もいいものだ、と爽やかな気持ちでいた。しかし、自転車をとめ海岸に出てからは額からたらりと垂れる汗が男を嫌な気持ちにさせた。ひきこもりぎみの男にとって夏の太陽の眩しさはまぶたを溶かすようで、目を開けようなら眼球がどろどろになるに違いないと恐怖を抱きなかなか目を開くことができなかった。男は大学の2期生である。ごく普通のいや、普通よりは少し一般的にみれば残念な青年で夢も希望もない。外見は悪くはないが、これといって特徴もない。男は言う、「時代が俺に追いついていない」と。
さぁ、いよいよ釣りをするぞと目を開ける決心をししっかりと目を開けた。「海だ」男は当たり前のことを呟いた。男なりに感動し闘志が燃え始めた。どこで釣ろうか定位置を念入りに決め組立式の椅子に腰掛け海をじっと見つめた。表面よりももっと深く深くをじっと見つめた。我々はそんなことをしたってよほど綺麗でない限り青い海と白い波がいったりきたりしているようにしか見えないだろう。しかし男は違った。違う世界が男の目にはみえていた。されど、彼の周りで釣りをしている人からみれば不思議な光景だっただろう。真っ白いYシャツに七分丈のカーキーのパンツに唯一許せるならばスニーカーであることぐらいか。明らかに釣りに来るような格好ではない。こいつ、釣りをなめてやがんのか。と歯を食い縛った人もいたかもしれない。しかし、男はそんな視線を気にもとめなかった。まず、気づいてもいなかった。とにかく男は竿を海に投げることなくエサをつけたまま竿を立てて持ち海をじぃっと、穴が開くほどみていた。ひとりの親切な人が「にぃちゃん、釣りってのは竿をなげにゃなんもつれんよ」と声をかけてくれたが男は「俺には俺の釣り方がある。ほうっておいてくれ」と冷たく返した。それからも男そこから動くことはなかった。
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