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「疲れた…もうイヤだ・・・」
いったいどこに行っちまったんだ。
探しても、探しても、ない。
いつからどれだけ探し回っているか、もうわからなくなってしまった。
どこで失くしてしまったか、どうして失くしてしまったかも、わからなくなってしまった。
いや、待てよ。
わからないのはそれだけじゃない。
俺の家は、どこにあっただろうか。
俺の家族は、どこにいるんだろうか。
そもそも、俺に家族はいたんだっけ?
俺は・・・誰だっけ?
以前は、わかっていたと思う。
ずっと、失くしもののことだけを考えていたら、他のことがどんどんわからなくなってきた。
今、はっきりわかっていることは、ひとつだけ。
俺は、大事なものを、失くしてしまった。
ないと気づいたときから、俺はずっとそれを探している。
ぼんやりした薄暗がりの中を、たったひとりで探している。
人がいないわけじゃない。
よくすれ違う。
以前はときどき人に話しかけようとしたような。
俺の失くしものを知らないか、聞いてみたかったのだろう。
けれど、なんだかうまくいかなかった。
そう、誰も、俺の話を聞いてはくれなかった。
俺のために立ち止まろうともしなかった。
だから俺は、ただひとり、ひたすら彷徨い続けている。
俺が失くしたものを探して。
でも、なんだか疲れてしまった・・・
「あ~しんど…もうイヤや・・・」
俺は驚いた。
声が鮮明に聞こえたからだ。
もう長いこと、こんなにはっきり響く声を聴いたことがなかった。
俺が声の方に振り返ると、女がいた。
俺はまた驚いた。
女が鮮明に見えたからだ。
もう長いこと、こんなにはっきり見える人間に会ったことがなかった。
いつも、薄暗がりの中にぼんやり人々がいて、くぐもった声で話していたのだ。
俺は女に声をかけた。
「どうしました?」
女は振り向いた。一重の細くきれあがった目。きゅっと引き結ばれた小さな口。乱れた日本髪。はかなげな美しさを、感じた。
「探しても、探しても、ないんでごあす」
「あなたもそうなんですね」
「あんさんもさいでごあすか」
「ええ。もうずいぶん探しているんですが」
「わたしも」
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