みちゆき

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俺の中に不思議な感覚が沸き上がった。みぞおちの奥が温かくなっていく感覚。もうずいぶん長い間忘れていた心地よい温かさ。 ああ、俺はさびしかったんだ、と思った。 「一緒に探しましょうか」 「あら、うれしい」 「僕にお乗りなさい。ちょうど良い場所が空いていますよ」 俺は、女をそっと持って、俺の首があった場所に乗せた。 女はちょっとはにかんだ。 「あらもったいない。ええ兄さんの上に乗ってしもた」 俺は笑った。 「僕のほうこそ、べっぴんさんをこんなむさくるしい身体におのせして、申し訳ありません」 「まあ上手なお口。ありがとさんでごあす」 「では、僕の首と、あなたの身体を探しますか」 俺たちはまた、彷徨い始めた。 世界は相変わらず薄暗かったが、もう、さびしくはなかった。 一人のときのように無感情ではなく、穏やかな気持ちがあふれてくる。 どのくらい二人で彷徨っていただろう。 俺の中で何かが氷解し、俺の色、俺の光、俺の成分が変わっていくように思えた。 それと同時に、この女と一緒なら、首なんかどうでもいい、という気がしてきた。 あんなに首に執着していたのは、さびしかったからなのだろうか。 女に言った。 「僕は、もう、首のことはどうでも良くなりました。  あなたの身体だけ探しましょう」 女が答えた。 「あら、わたしも、からだのことすっかり忘れてごあした。  もうこのままでもべっちょおまへん」 俺たちは笑って、とりとめのないことを色々しゃべった。 しゃべっていると、断片的に、色々なイメージが浮かんでくる。 ああ、これは俺の記憶なんだな、と気がついた。 すると俺は・・・ 「思い出したよ。俺は戦艦に乗っていて、敵に大砲を散々撃ち込まれたんだ。きっと、そのときに首がなくなったんだ」 女が言った。 「わたしも思い出しました。わたしは打ち首になったんでごあすわ。わたしを騙した男を殺したんでごあす」 俺たちは、楽しい思い出を披露しあうように、戦争のこと、苦しい恋のことを、話した。 俺たちは、敵を、悪い男を、許した。 気がつくと、俺の横に、身体を取り戻し完全体になった美しい女が立っていた。豊かな髪は乱れなく結い上げられ、鮮やかな朱色の地に菊を散りばめたあでやかな着物が、女の若さを輝かせていた。女は俺を見て、大輪の菊のように微笑んだ。
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