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眼鏡を買いました。
最近、すっかり目が悪くなってしまったから。
近くのものも遠くのものも、すべてがぼんやりとぼやけていたの。
歳を重ねれば誰でも仕方のないことだけど、やっぱりちゃんと見えた方がいい。
ずっと眼鏡をかけなかったのは、俊彦さんが眼鏡を嫌いだったから。
ああ、急に名前を出してもわからないわね。俊彦さんというのは私の夫。
私たち夫婦は子どもには恵まれなかったけど、その分とても仲が良くて結婚してからはいつでも一緒でした。
仕事も俊彦さんが経営する町工場で、ずっと二人で働いていたのよ。
そうね、眼鏡をかけて改めて見てみると、この工場もすっかりあちこちが傷んでいるのがわかるわ。
ああ、あの床の傷は俊彦さんがハンドドリルを落として壊してしまった時につけた傷だわ。あの時はケガがなくて本当に良かった。特殊なドリルだったから代用品を用意するのに手間取って納期に間に合わず、お客さんに凄い怒られたっけ。
あら、窓が一枚割れているわね。
そうだわ、あれは近所の坊やが投げたボールがガラスを割って入ってきたんだっけ。
俊彦さんは申し訳なさそうに入ってきた坊やに、ほほえみながらボールを返していたっけ。気をつけて遊びなさいって言って。本当に優しい人なのよね、俊彦さんは。
そんな俊彦さんに怒られたのは、今までただの一度だけ。
視力が落ちてきたからと、眼鏡をかけた時だった。
「よしなさい、眼鏡なんか。視力が落ちていくだけだぞ」
なんて言って。自分だって眼鏡をかけているくせに。
でも、わかっているの。
俊彦さんは、眼鏡をかけていない私が好きなの。
鏡を見て、私も思うもの。なんか老けて見えちゃうなって。
眼鏡が似合う人が少しうらやましいわ。眼鏡をかけると、すごくチャーミングになる人もいるわね。私もああいう顔だったら良かったのに。いいえ、やっぱり、この顔でいいわ。だって俊彦さんは私の顔がかわいいって言ってくれたもの。この眼鏡が似合わない顔で良かったのだわ。
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