神様のいるバー

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 年の瀬が近付き、落ち葉に隠れて申し訳なさそうにしていた冬の足音が、高らかに靴音を鳴らし始めた頃。  小さなバーの入り口をしっかと見つめて、佐藤は歩いていく。  白髪の混じったざんぎりの頭。落ち窪んだ両の瞳。乾燥した肌は青白く、小さな背は、今にも消えてしまいそうに丸められていた。  北風にあてられる度に、丸めた背中をいっそう小さくしながら、そのくせ、歩みだけはやけに力強い。 「彼は今日中に、どうしても百のドアを開けて回らなければいけないんだ。そして、あれが最後のひとつだよ」とでも説明されたら、信じて応援してくれる人がいるかもしれない。そんな迫力だった。 「思い切り酔えるきつい一杯を頂けませんか」ドアを開け、促されるまま席に着くなり、佐藤は思いつめた様子でマスターにこう告げた。  おや、という顔をしたマスターの神崎だったが、すぐに気を取り直すと、いくつか酒の好みを質問した後、会釈をしてカクテルの用意に取り掛かる。  オールバックに撫で付けた艶のあるロマンスグレーの髪。切れ長で、淡い光の灯った瞳。適度に鍛えられた広い肩。物腰は柔らかいが、そこには確かな自信や、揺ぎ無い何かが滲み出ていた。  傍らにはもう一人、若いバーテンダーが背筋を伸ばして立っていたが、神崎の目配せを受けると、その場を神崎に任せ、手を止めていた作業に戻った。まあるい氷を削り出す作業である。 「マスター、聞いてもらえますか」あ、私は佐藤と言います。返事を待たずに自己紹介を繋げた佐藤は、半ば独り言のようにまくしたてた。  若いバーテンダーは、冷たい塊からちらりと視線を移す。ぶしつけだな、と思うものの、神崎がにこにこして聞いているので、口を出す訳にもいかない。 「仕事も、子供達の事も、何もかも上手くいかなくて」  佐藤の悩みは、現代日本においてよくあるといえばよくある、誰もが何かしら抱えている類のものであった。  半透明のショートカクテルを佐藤の前に置き、次いでグラスに一杯の水を満たして差し出した神崎は、静かに相槌を打って佐藤の話に耳を傾けている。
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