神様のいるバー

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「どれもこれも、私に責任がある事はわかっているんですが。もう嫌になって……疲れてしまったんです」  一通りの毒を吐き出した佐藤は、絵の具のチューブを使い切ったようにしんなりとして動かなくなってしまった。  右手はショートカクテルのグラスに添えられたままで、背中は、こじんまりとした店内にあってなお、どうにか隠れられないかと願うような、頼りない曲線を描いている。  きっと、パレットの上は黒をベースにあれこれと継ぎ足した塊が擦り付けられているに違いない。元々が黒いのだからそこから大きく色を変えられようはずもないのに、青が出ない、黄色が出ない、赤が薄いと嘆くのだ。若いバーテンダーは、一回り小さなサイズに整えた氷をくるりと回して、丁寧にしまう。 「お仕事もお子さんの事も、大変ですね」  ここでようやく、神崎が口を開いた。  それはありきたりな言葉ではあったのだが、不思議な響きで佐藤を包み込んだ。 「そうなんです。そうなんですよ、本当に大変で」 「どうぞ、ご自分を大切になさって下さい」 「自分を……ですか?」見開かれた佐藤の視線は、神崎に釘付けになった。思ってもみなかった、という表情だ。 「ええ。佐藤さんはお仕事もお子さんの事も、心を砕いて頑張っておられます」 「そう……でしょうか」  あなたは頑張っている。  その言葉を聞いただけで、佐藤はすっかり安心した顔で、一息にカクテルを煽った。ぐらりと上半身が揺れるが、すぐに元通りになる。  必ず右に傾き、そして戻る。片側だけの動きを忠実に再現した不可思議な振り子、といった格好だ。若いバーテンダーは、振り子の頭を佐藤にすげかえ、次の氷の作成に取り掛かった。 「ええ。私に大層な事は言えませんが、それは伝わってきました。形ある結果を求められる事も多いでしょうし、頑張っています、では済まない事も多いのでしょうけれど」 「ご自分の事も、どうか大切になさって下さい」水のグラスを再び満たし、佐藤の正面にそっと置いて、神崎は笑顔を浮かべた。 「ありがとうございます。なんだか、元気が沸いてきました」 「それは良かった」 「なんだかやれる気がしてきました。自分を大切に、失敗してもまたやり直せば良いという気持ちで頑張ってみます」 「ええ。きっと、ひとつずつが良いと思います」 「ひとつずつですね。いや、ありがとうございます」
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