黄昏ベイビー

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「ねえ、母ちゃんいま家?真人いるの?」 『家にいるわよ。さっきまでまーちゃんいたんだけど、悟に電話するっていったら帰っちゃったわ』 「え?そうなの?」 『なーんか不機嫌そうだったわよ』  ケラケラと笑う彩華の愉快そうな声に、なんだか意味がわからなくて首を傾げた。 「母ちゃん、怒ってないの・・・・?」 『どうして?』 「だって・・・・」  なにも連絡しないで黒沢の家にきて、気づいたら朝、なんて自分勝手もいいとこだと思う。  真人になにを訊いているかはわからないけど、 それでも心配かけたことはには変わりないから。 『やあね~。怒ってないわよ』 「え?」 『だって、けしかけたのわたしだしね。それに、かわいい息子の恋路を邪魔するほど野暮な母親じゃございません』  なんだかとっても彩華らしいセリフ。  そう、彩華はいつだって自分を見てくれていて、いつだって自分の味方でいてくれる。  誰よりも心強くて、どんなときでも特別な存在。 「母ちゃん、ありがと」  少し照れ臭くて、ヘラリと笑った自分の耳に届くのは、いつだって変わることがないやさしい笑い声。  顔なんて見えなくても、いまお互いがどんな表情をしているかなんてすぐに想像できる。 『それよりね、悟。わたしもう向こうに戻らなきゃいけないのよ』 「え!?明日じゃないの?」 『それが急にクライアントから連絡入っちゃってね、お休み返上しなきゃいけなくなったのよ。 もう、ひさしぶりにゆっくりできると思ったのにぃー・・・・』 「そんなぁ・・・・」  あと一日は一緒にいられると思っていたのに。  ごめんね、と呟く彩華の声も残念そうだ。 『悟とデートしたかったのに仕事になっちゃって・・・・ごめんねぇ~・・・・』 「・・・・ううん」  仕事が大切なのはわかっているし、仕事をしている彩華も大好きだから、 ガクリと項垂れながらも首を振った。 『それでね、一時の飛行機に乗るつもりなのよ』 「一時!?って、いま何時!?」  咄嗟に顔を上げると、やっぱりこちらを見ていたらしい黒沢が黙ってベッドサイドにある置時計を指差した。  時間は十時半。  大丈夫、まだ間に合う。
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