黄昏ベイビー

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 軽く言葉を交わす二人をなんだか不思議な気持ちで見つめた。  黒沢がこんなふうに挨拶をしてくれるとは思ってもみなかった。  彩華がこんなにもうれしそうに笑ってくれるなんて思ってもみなかった。  なんだかすごくうれしくて、すごくくすぐったい気分。 「悟?」 「・・・・え?」 「やぁね~、このコったら、ぼーっとしちゃって」 「あ・・・・」  ケラケラと笑う彩華の声に、おもわず顔を上げた。  彩華の後ろでは真人が小さく苦笑を洩らすのが見える。  ちらりと見上げると、やっぱり珍しくも微かに笑う黒沢と眼があった。  大きな手の平に頭をポンッと軽く叩かれて、ヘラリと笑みが零れた。  きっと、大丈夫なんだと思う。  なにが大丈夫なのかなんてわからないけど、だって、ホラ、みんな笑ってる。  だから、絶対、大丈夫。 「彩華さん、時間平気?」  真人の声に、彩華は「あっ」と思い出したかのように腕時計を確認した。 「アラ、やだ。そろそろいかなきゃ」 「え~~~~」 「もう少しお話したかったけど、ごめんねぇ」  しょんぼりと肩を落とした自分の頭を、彩華のあたたかい手が触れた。  ふわりと鼻を掠める甘い香りと共に、彩華はにこりと微笑んだ。 「でも、最後に悟の顔が見れてよかったわ!これで明日から仕事がんばれそう!」 「最後って・・・・母ちゃん、縁起悪いよ・・・・」 「あははは!ごめん、ごめん!」  豪快に笑う彩華に、自分もつられて笑った。  本当はもっと一緒にいたい。  彩華だって、きっとそう思ってる。  だって、自分たちは唯一だから。  だけど、我儘なんていえないから。  だから、少し胸の奥が締めつけるように痛むけど、我慢しなくちゃ。 「よかったら、空港までお送りしますよ」  突然頭上から響いた声に、彩華と自分は同時に顔を上げた。  彩華は驚いたように大きな眼を丸くしている。  相変わらず無表情の黒沢はそれでもいつもより穏やかな表情で、切れ長の眼をゆっくりと細めた。 「え?でも、悪いわ。折角のお休みなのに・・・・」 「いえ、そのためにきましたから」  あっさりとそういって、黒沢は彩華の傍らに置いてあったスーツケースを手にとった。
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