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車は高速道路を静かに走っていく。
窓からの景色は透き通るような青い海が一面に広がっていて、その水面はキラキラと輝いて見えた。
「綺麗ね」
「うん」
同じように海を眺めていた彩華がうれしそうに微笑んだ。
いつもなら助手席に座るけど、今日は黒沢に促されるまま後部座席に座った。
そこは彩華の隣の場所で。
少しでも長く一緒にいたいって思った自分の願いが叶う場所で。
だから、もしかしたらって思った。
スピーカーからは黒沢には珍しいテンポのよい音楽が流れている。
決して賑やかではないその音楽は、耳から耳へとさらりと流れていく。
心地よいその音は、本当は寂しくて泣きたくなっている自分の胸の奥をやさしく癒してくれていて。
空港への道は他にもあるのにこの壮大に広がる海を眺めることができる道を走っているのも、 きっと、たぶん、黒沢の気遣いなんだろうと思った。
それを証拠に、何度も運転中の黒沢に視線を向けてみたけど、黒沢は一度も後ろを振り返ることはなかった。
だから、わかったんだ。
真人の言葉の意味と、彩華のあの眩しそうな視線。
その意味がなんとなく鈍い自分にもわかった気がした。
もしかして気のせいかな、って思ってしまうほどのさりげないやさしさは、 たしかにそこに存在している。
だから、なんだか寂しさとは違うべつのなにかが、込み上げてくるような気がした。
「ねえ、悟」
「うん?」
顔を上げると彩華はうれしそうに笑って、そっと自分の耳元に赤い唇を近づけた。
「素敵な人ね」
本当に、本当にうれしそうに笑って、彩華はいった。
その一言には、きっと彩華の気持ちがすべて込められていると思った。
言葉の意味以上に、もっと意味のあること。
にこりと笑って大きく頷いた自分の頬に、彩華のあたたかい手の平が触れる。
彩華もいて、黒沢もいて、なんだかとても幸せな気分。
これからまたしばしの別れがくるってことも忘れかけてしまうくらい。
それくらい、いまが心地いい。
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