黄昏ベイビー

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 おもわず掴んだシャツを引っ張ると、黒沢は足を止めた。  振り返った黒沢は訝しげに自分を見下ろしている。  自分は、きっとすごく情けない顔をしているんだと思う。  忘れかけていた感情が再び甦ってきて、途端に胸が苦しくなった。  やっと会えたのに、ここでまたバイバイして、今度はいつ会えるんだろう。  また携帯を眺めてため息を吐いて、みんなに心配されて・・・・そして悲しくなって。  寂しくて、寂しくて、もうダメかもなんて、そんなふうに思う毎日がまたやってくるなんてイヤだ。  だけど、だけど・・・・。  あのとき、願ったんだ。  今日だけでもいいから会いたいって。  もう我儘だっていわないし、大人しくしてるって。  だから、一目だけでも会いたいって・・・・。  もうその願いは叶っているんだから、これ以上望んだらきっとバチが当たってしまう。  だから、これ以上を望んじゃいけないってわかってる。  わかっているんだけど・・・・。  眼を開けたら、また涙が零れそうな気がして、きつく眼を閉じた。  掴んだシャツをギュッと握り締めて。  だって、いまの自分にはそれしかできない。  まだ離れたくない。  一緒にいたい。  そんなことを思っても、それは口に出しちゃいけないから、我儘をいいそうになる口を塞ぐために唇を噛みしめた。 「・・・・メシ」  さっきとは違う穏やかな風に乗って、黒沢の声が響いた。 「まだ食ってないだろ?」  ゆっくりと眼を開けると、潤んだ瞳に黒沢の端正な顔が映った。  あたたかい手の平に頭をやさしく撫でられる。 「明日は日曜だし、帰らなくても平気だろ」 「・・・・」  大きく見開いた眼から、ポロリと涙が零れた。  それを拭ってくれる黒沢の指先はやっぱりあたたかい。 「・・・・一緒にいていいの?」 「ダメなんていってないだろ」  呆れたようにそう呟いた黒沢を見て、途端にブワッと涙が溢れた。  ボロボロと零れる涙を、黒沢の手が乱暴に拭う。  眉を顰めて、面白くなさそうに・・・・それでも、やっぱりあたたかい。
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