黄昏ベイビー

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「・・・・ったく」  溢れる涙はなかなか止まらなくて。  拭うことを諦めたらしい黒沢に頭を引き寄せられて、その胸元に顔を埋めた。  爽やかな香りに混じって、微かに煙草の匂い。 「もう泣くなっていっただろ」 「・・・・うん」  グスグスと鼻を鳴らしながら、黒沢のシャツにしがみついた。  だって、もう離れたくないんだ。  一人で待っているのは寂しすぎるから。  寂しくて寂しくて、どうしようもなくなってしまうくらい。  宥めるように頭を撫でられて、その心地よさに頬を摺り寄せた。  いつだって不機嫌そうな顔をしていても、黒沢はすごくやさしい。  たとえ怒鳴られても、うざがられても、自分が黒沢を嫌いになることなんてできない。  だって、自分はいつだって、黒沢の側にいたいから。 「・・・・あのね」  そっと顔を上げると、視線を落とした黒沢が自分を見た。 「俺ね、もう我儘はいわないって決めたんだ」  僅かに黒沢が首を傾げた。  涙でぼやける眼を擦って、もう一度黒沢のシャツをギュッと握り締めた。 「黒沢に会えなくてすごく寂しくて・・・・だから、もう一度黒沢に会えるんなら、もう二度と我儘はいわないって決めたんだ。 黒沢が嫌なら電話もメールもしないし、喋らないから。だから・・・・」  まだ一緒にいてもいい?  黒沢はなにもいわずに自分を見ている。  これが最後の我儘だから。  黒沢に会えたから我儘はもういっちゃいけないんだけど、これが本当に最後だから。  もう、二度といわないから。  ちゃんということも訊くし、イイコにしてる。  だから、だから、この最後の我儘だけ、叶えてほしい。 「・・・・誰も嫌なんていってないだろ」  困ったようにため息を吐いて、黒沢は前髪をかきあげた。  きょとん、とした自分の頬に、黒沢の手が触れる。  涙で濡れる頬をそっと撫でられて、くすぐったさに少し肩が震えた。 「我儘だとも思ってねえよ」 「え?」 「電話をしたかったらすればいいし、メールだってしたかったら送ればいいだろ」 「だって、黒沢ウザイだろ?」 「そんなこといってねえよ」 「でもォ・・・・」  不安げに揺れた眼を見て、黒沢は少し考えるように眼鏡の位置を直して、ゆっくりと口を開いた。
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