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「ねえ、黒沢、どこいくの?あ、もう仕事はしなくていいの?」
顔を上げてシャツをぐいぐいと引っ張ると、黒沢はポケットから煙草を取り出しながら、「ああ」と呟いた。
「一ヶ月も休日返上で働いたんだ。もうやることはねえよ」
「え!ホント!?」
ぱあっと顔を輝かせた悟を見て、黒沢は咥えた煙草に火を翳しながら眼を細めた。
「じゃあさ、もっといっぱい会える?」
「会いたければ勝手にくればいいだろ。なんのために合鍵持ってるんだ」
「そうだけどさ、黒沢に会いにいくのに黒沢がいないと意味ないよね?」
「待ってればいいだろ」
「待ってていいの?」
そういうと、黒沢は呆れたように煙を吐き出しながら「だからダメなんていってねえよ」といった。
すごくうれしくて。
そのまま黒沢の腰に抱きついた。
ギュウギュウとしがみつくように抱きついて、黒沢の匂いの染み込んだシャツに顔を埋めて、大きく息を吸った。
もう、どうしようもないくらい、好き。
ズルズルと引き摺られるような体勢に、頭上からは「歩きにくいだろ」という呆れた声が聞こえたけど、敢えて無視した。
だって、いまは離れたくないから。
寂しかった分を埋め尽くすくらい、側にいたい。
文句をいいながらも、それでも黒沢はしがみつく自分を振りほどくことはしなかった。
「ねえ、結局さー、母ちゃんとなに話してたの?」
ちらりと自分に視線を落とした黒沢は、眩しそうに眼を細めただけで、なにもいわず煙を吐き出した。
それでもやっぱりその口元には微かに笑みが浮かんでいる。
結局は教えてくれる気はないらしい。
「ちぇー、つまんないのー」
唇を尖らせた自分を見て、黒沢は珍しくも小さく笑ってその肩をさらに引き寄せた。
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