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妻とふたり、のんびりと住宅街を歩く。あと1ヵ月もすれば、クリスマスイルミネーションが、街のあちこちにけばけばしい色彩を放つだろう。夏の喧騒から解放され、冬を待つこの静かな季節が、私は一番好きだ。
隣を歩く妻が、小さな笑い声を漏らした。
「ふふ。さっきすれ違った奥さま方がね、あなたを見て、なんて素敵な方なのかしらって。眼鏡がよく似合ってて、とても博識そうねって。私、あなたの妻であることが本当に誇らしいわ」
そういうものなのだろうか。素敵と言われて悪い気はしないが、それよりも今、私には非常に気にかかることがあった。
通り沿いに、等間隔に植えられているイチョウだ。
大きくも小さくもないそのイチョウの樹は、毎年この季節になると、それは見事に黄色く染まる。毎日毎日、雨の日も風の日も雪の日も、ひたすらそこに立ち続け、生きている。
動くことも、声を発することもなく、ただ、生きている。無機質なただの物体ではない、命が宿っているのだ。
「……あなた!」
妻の声に我に返った。気付くと私はイチョウの幹にピタリと寄り添っていた。イチョウに対して感慨深いものはあったが、なぜ私は寄り添った?
「あなた、何してるの?」
それは自分が聞きたい。
「ああ……いや、ちょっと、樹のにおいを嗅いでみたくなった」
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