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「まだ決まってないのか?」
今度は少ししゃがれた声のご主人だった。
「……はい」
視線は上げられない。
「ご家族は何か言ってないの?」
奥さんが言った。
普通の親ならこんな時期にこんなところでふらついてる娘を許せないだろう。
就職にせよ進学にせよ、本人よりも親が躍起(ヤッキ)になる時代だから。
私は顔を上げて奥さんの目とご主人の目を交互に見据えた。
「……親はいません」
事務所が静まり返った。
私の発言は思春期特有の親に対する反抗にも聞こえ
孤児という意味にも取れた。
実際、私はどちらの意味も含ませたつもりだった。
「親がいないって……」
立っていた奥さんが心配そうに顔を歪め、お盆を抱えたまま私の隣に座った。
まさか、ラブホの帰りにこんなところで自分の身の上話をすることになるとは思ってもいなかった。
だけど、私は口を開いていたのだ。
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