足りない酸素

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「ガクちゃん、もうここ出ようよ」 「何で?」 「私には……高いよ」 「いいから。それよりカコ、これ着てみろよ」 彼は私の言葉には耳も貸さず、ハンガーに掛かったネイビーのワンピースを私に見せた。 「ご試着ですね?」 いつからそこにいたのか先程の店員が彼の前では二割増しの笑顔を見せて、彼からハンガーを受け取った。 「ガクちゃん、私、やめとく……」 「着てみろって」 「でも私、買わないもん」 もはや店員の目を気にしている場合ではなかった。 買い物をするとも思っていなかったので、それほど現金は持ち合わせていない。 たとえ、知っていたとしても、ここに売っているワンピースを買えるだけの現金はきっと持ってこなかっただろう。
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