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 後日談というか今回のオチ④  「ただいま」  わたしは家に帰り、挨拶をします。  「あらお帰りなさい。遅かったわね」  出迎えてくれたのは、お母さんです。その顔には、いつも張り付いているような笑顔が乗っています。  「そういえばね。お姉ちゃん、帰ってきたわよ」  その一言で、背筋が凍りました。  「………………お姉、ちゃん」  「あら、お帰りなさい。遅かったわね」  お母さんと同じ口調で言うのは、先週恋人ができたと嬉しそうにはにかんでいたお姉ちゃんでした。  「大、丈夫?」  「ええ。無事に授かれたわ」  そう言って、お姉ちゃんはお腹をさすっています。  先週、内緒話のようにわたしに恋人ができたと報告してきたときの悪戯をしているかのような表情を、もうお姉ちゃんは作ってくれません。  私は仕来りに屈したりしない、と力強く言っていたお姉ちゃんはもうどこにもいません。  お姉ちゃんは山神様のもとに嫁ぎ、山神様の子を宿し、そして、もう、辛いことも苦しいことも悲しいことも、嬉しいことも楽しいことも幸せなことも、愛しさも、もう何も感じることがないのです。  「お姉ちゃん。彼氏さんは?」  でも、わたしはそんなのが認められなくて、あんなに嬉しそうなお姉ちゃんをもう一度取り戻したくて問いかけます。無駄だとわかっているのに、問いかけてしまいました。  「あの人のことは仕方ないわ」  でも、お姉ちゃんは一刀両断でした。  彼氏さんのことは覚えている。  彼氏さんを好きだったことも覚えている。  ただ、どうしてそんな気持ちを抱いていたのかわからない。  どうしてそんな気持ちを抱きたいと思ったのかも、もうわからない。  わかっていたことでした。  いい感情も、悪い感情も、自然界の中では不要のもの。無用のもの。  山神様の子を授けられたということは、人間の人間的な部分を削ぎ落として、自然界に近づくということ。  「次はあなたの番ね」  お姉ちゃんが肩に手を置いてきます。  「あなたもきっと立派な山神様の子を授かれるわよ」  お母さんも後ろから手を肩に置いてきます。  「そうだね。お姉ちゃん。お疲れ様。わたしも頑張るよ」  笑顔で返します。  もう、唯一の味方だったお姉ちゃんもいないから。  ああ。でも。誰か。  誰かわたしを助けてください。
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