3人が本棚に入れています
本棚に追加
/22ページ
鎌倉時代前後のことらしい。
ある武士が敵地への潜入を命じられた。
武士には生まれたばかりの子どもがいた。
さすがに幼い娘を連れてはいけない。娘は世話係に預けて夫婦で戦地に向かった。この時代、武士の妻は夫が死んだらあとを継いだりする事もあったので、泣く泣く娘と別れた。
その後、その武士は戦で死んだ。
妻は、夫の魂をここに置いてきぼりにはできない、と言って、戦地の近くで暮らし始めた。
十年以上が経ったとき、ある夫婦がその妻の所に来た。道に迷ったので泊めて欲しいそうだ。
妻は了承したが、嫌だった。
見れば女の方は腹が大きい。男とも仲睦まじく、幸せそうだ。
自分も昔はそうだった。
しかし、今は見る影もない。
そんな寂しさが、嫉妬に、そして憎しみに変わるのはすぐだった。
妻は男に薪を拾ってくるように頼むと、女に歩み寄った。
包丁で突き刺された女は、自分も、自分の子どもの命も助からないとわかり、泣いた。
そして、薄れる意識の中、女は、死ぬ前に○○の墓に行きたかった。お母さんに、△△に会いたかった。そう言って事切れた。
妻は耳を疑った。
○○は死んだ武士の名前だ。
△△は自分の名前だ。
なぜこの女はこんな身重の状態で、戦地にほど近い、何もないような場所に来たのか。
私は、自分の娘を、幸せの中にいた、自分の娘を、殺した。殺してしまった。
最初のコメントを投稿しよう!