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 鎌倉時代前後のことらしい。  ある武士が敵地への潜入を命じられた。  武士には生まれたばかりの子どもがいた。  さすがに幼い娘を連れてはいけない。娘は世話係に預けて夫婦で戦地に向かった。この時代、武士の妻は夫が死んだらあとを継いだりする事もあったので、泣く泣く娘と別れた。  その後、その武士は戦で死んだ。  妻は、夫の魂をここに置いてきぼりにはできない、と言って、戦地の近くで暮らし始めた。  十年以上が経ったとき、ある夫婦がその妻の所に来た。道に迷ったので泊めて欲しいそうだ。  妻は了承したが、嫌だった。  見れば女の方は腹が大きい。男とも仲睦まじく、幸せそうだ。  自分も昔はそうだった。  しかし、今は見る影もない。  そんな寂しさが、嫉妬に、そして憎しみに変わるのはすぐだった。  妻は男に薪を拾ってくるように頼むと、女に歩み寄った。  包丁で突き刺された女は、自分も、自分の子どもの命も助からないとわかり、泣いた。  そして、薄れる意識の中、女は、死ぬ前に○○の墓に行きたかった。お母さんに、△△に会いたかった。そう言って事切れた。  妻は耳を疑った。  ○○は死んだ武士の名前だ。  △△は自分の名前だ。  なぜこの女はこんな身重の状態で、戦地にほど近い、何もないような場所に来たのか。  私は、自分の娘を、幸せの中にいた、自分の娘を、殺した。殺してしまった。
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