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俺は確かに迷子になるが、どういうわけか一度通った道ならば忘れることはない。荷物を持って玄関に行くと、そこに藤原が一人で立っていた。
「……ここだと思った」
藤原は、一年にしては度胸が据わっていて、殴られても怒りに任せて仕返ししようともしなかった。藤原は、自分の行動が周囲への影響度が高いと自覚もしている。
「殴り返しておく?」
「しないよ。避けられなかった俺も悪い」
藤原は、人間的な器が大きいのかもしれない。俺にも、敵意だけではないものを感じる。
「なあ、真剣に喧嘩したら俺に勝てる?」
それは、どう解釈するのだろうか。
「一対一ならば俺は勝てる。でも、俺は友達もいないし、仲間も、家族もいない。藤原と対決ならば負ける」
玄関には誰もいなかった。多分、授業が始まっている。藤原も、授業に出なくていいのだろうか。
「俺に、一対一ならば、本当に勝てる?」
そこが気になるのか。俺は鞄を置くと、頷いてみた。
藤原が構えて俺に殴りかかって来た。確かに藤原は、大人でも避けられないストレートの速さであった。でも、打つ先が見えてしまうので、俺には当てられない。
「……視線で先が読める」
藤原が、目を閉じて撃ってきた。俺は下がりながら藤原の拳を受け止めると、そのまま押さえ込む。
「ここで普段なら投げか、蹴りを入れる。確かにスピードもあって、凄いと思う。でも俺、格闘技の出身じゃないから、本気になると相手が立ち上がれなくなっても止まらない。だから、喧嘩を売らないで」
藤原は手を離せと俺の背を叩いていた。手を離したら、喧嘩の再開であろうか。あまり、藤原を殴りたくなかった。
「もう、殴らないから、手を離せ」
「本当?」
でも、逃げる態勢を取っておく。藤原の手を離すと、靴箱の外まで逃げておく。靴は鞄の中に入っているので、このまま外へ行ってもいい。
玄関の戸が閉まっているので、そっと鍵を外しておいた。
「あ、ピンで鍵を外せるのか。マンガみたいだね」
電子ロックでなくて良かった。電子は得意ではないので、時間がかかる。
「だから。もう、俺の負けだって分かったからいい。本気で撃ち込んで、掠りもしないのだから、分かったって」
手招きするが、俺は戸を開けて外に出た。そっと隙間から覗くと、藤原が困ったように笑っていた。
「野生動物。モモンガ?」
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