君がくれた世界

11/110
前へ
/110ページ
次へ
 ドッドッドッ――。響く重低音に負けないように、 「だからあ! いつになったら、この元カノの……」  大声を出す俺に急に村瀬さんが近寄ってきて、ポンッと頭に右手を置いた。 「分かったけえ、早よう乗れ」  苦笑いするその顔に胸が、きゅんっと音を立てた。しぶしぶ元カノメットを被ると、先にフルフェイスのヘルメットを被った村瀬さんが長い脚を上げてバイクに跨がった。俺は村瀬さんに気づかれないように小さく深呼吸する。  この瞬間がいつも一番緊張するな……。  カズト、早く、と急かされて、村瀬さんのがっしりとした左肩に左手を添えた。左足をステップにかけて足と左手に同時に力を入れる。  ちょっとだけ右足で地面を蹴って、後ろのキャリアボックスに引っ掛からないように足を広げて跨ぐと、ストンと後部座席に腰を下ろした。バイクに乗り込む支えにしたのに、いつも村瀬さんの上半身は動く事がない。 「お前、ちゃんとメット、被ったか?」 「うん」 「この前みたいなのは勘弁だからな。また、パトカーに停められると面倒なんだよ」  あー、ゴメンネ、と一応謝った。だって、元カノメットは気持ち良くないんだもん。どうにも我慢が出来なくて、後ろの俺の様子が村瀬さんに分からないのをいいことにヘルメットを被らずにいたら、とうとう巡回中のパトカーに見つかってしまったんだよな。 「それと、いつも俺に掴まらずに後ろでフラフラしとったら、その内、本当にバイクから落ちるぞ。落ちても拾ってやらんからな」  メットの中で籠(こも)った愚痴を言う村瀬さんに、大きな声でわかったと応えた。それでも、 「ちゃんと、しっかり掴まっとけ」  村瀬さんがハンドルを握った。そして前を向いて俺が掴まるのを待っている。  もうっ! 早く落ち着けッ、心臓ッ!  何度か深呼吸して、ドキドキする胸を抑えた。……よしっ。  広い背中に覆い被さるように両手を前に廻して、ぎゅうっと力を入れる。自分の胸を村瀬さんの背中に密着させると、ばくんばくん、と心臓の鼓動がこめかみにまで響いてきた。  車掌の制服姿だと目立たないのに、厚いブルゾンの上からでも十分に判る鍛えられた胸板に両手を押し当てていると、村瀬さんが左手でそれを離して自分のお腹の前で手を組むようにと両手の位置を下の方へ移動させた。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

766人が本棚に入れています
本棚に追加