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手の位置なんてどこでもいいよ。村瀬さんに引っつければ。
もう一度、俺が組んでいる両手をポンッと触って確認すると、村瀬さんはバイクのスタンドを蹴り上げて斜めに傾いていた車体を起こした。
ふわっと横揺れする感覚が、ちょっとだけ飛行機が離陸した感じに似ている。左足でギアをローに入れてチラッと後ろを確認すると、村瀬さんはゆっくりとスロットルを上げた。
キュウウウッ、ドッドッドッと直接、エンジン音が体に響いて、グンッとバイクは加速を始めた。
宮島線とJRの山陽(さんよう)本線(ほんせん)の線路を左右にして、バイクは宮島街道を滑るように走っていく。JR側は山ばかりで深い暗闇だけれど、宮島線の線路側は、暗い海と空の間の島々にある町の灯りが綺麗に並んで瞬いていた。
だけど、海を並走する区間は短くて、いつもじっくりと流れる景色を堪能することが出来ない。海沿いにある大きなスーパーの前の赤信号で停まった村瀬さんに、
「ねえねえッ! 村瀬さん、橋に行ってよ。廿日市大橋(はつかいちおおはし)ッ!」
「ああっ!? もう夜も遅いんじゃけえ早(はよ)う帰らんと、母ちゃんが心配するだろうがっ」
「いいのッ! どうせ、今夜も彼氏のところに行っていて、帰ってこないんだからっ」
は? 彼氏? と聞き返す村瀬さんのお腹に廻した両手に少し力を籠める。
「いいったら! 明日、学校休みだし受験生だし、もう学校行ってもやることないんだよ。ねえ、いいじゃん。どうせ、村瀬さんも遅番明けで休みでしょ?」
何で俺の休みを知っとるんじゃ、と尚も不満げな村瀬さんにさらに両手に力を籠めて、ぎゅうっと抱きついた。
「ぐえっ。……分かったから、あんまり締めつけんな」
「やった!」
俺は力を少し弛めて喜んだ。青になった信号に、またバイクが走り出す。ぐっと少し体が後ろに引っ張られるのを離されないようにまた村瀬さんにしがみついた。ついでに冷たい風を受けて冷えきっている頬っぺたも村瀬さんの背中に押しつけた。
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