君がくれた世界

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 ほとんど貸し切り状態の深夜の宮島街道を、俺たちを乗せたバイクの音だけが静寂を破りながら進んで行った。途中、俺がいつも使う古い神社近くの電停に差しかかったけれど、バイクはそのまま電停を通り過ぎた。  ほんとに連れていってくれるんだ――。  俺のわがままを村瀬さんは聞いてくれたようだ。左側の大きな病院も過ぎて、右側の消防署も過ぎて、やがてバイクはウインカーを出して右に折れて行った。  確か村瀬さんの家って、ここら辺だったよな……。  そんなことを思っていると、今度は信号を左に曲がって行く。速度を落とした時に響く高いエンジンの音が、でかいバイクなのに可愛く感じて好きだった。  この道も、何気に好きだな――。  最近出来た大きなショッピングモールの横を通って川を跨ぐ橋を渡ると、左前に川沿いの小路に植えられた桜並木がうっそりと見えてきた。  ここの桜、春にみたら満開の並木道が続いていて凄かったな。今年の春は村瀬さんと一緒に桜を見たいけれど、さっきみたいに俺のわがままを聞いてくれるかな?  でも、春になっても俺は、この街にいるんだろうか……。  ギアが変わる音がしてバイクの速度が落とされる。村瀬さんは大きな橋の袂にあるホームセンターの駐車場にバイクを入れると、ゆっくりと停車してエンジンを切った。 「ほら、着いたぞ」 「ええー。橋の上まであがらないの?」  アーチ状の廿日市大橋の頂上部分を見ながら文句を言う俺を横目に、村瀬さんは上体を起こして手袋を外し始めた。 「あんなところに路駐しとったら迷惑になるじゃろうが。それにまたパトカーに見つかったら注意どころか減点になるわ」  ヘルメットも外した村瀬さんが一度髪を掻き上げると、しがみついている俺の手に触れた。 「冷たッ! お前、冷えきっとるじゃないか」  ああ、言われてみれば村瀬さんの体に引っついているのが愉しくて、剥き出しの両手の冷たさなんて感じて無かった。 「うん、冷たい。手が固まって離れられない」  はぁ? と肩越しに俺に振り返った村瀬さんが、何を思ったのか俺の両手を自分のお腹に押し当てたまま、左手でゴシゴシと擦り始めた。  うわっ、なに? ちょっと、うれしいんですけどっ。
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