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「カズト! バカッ! お前っ」
チラリと後ろを振り返ると、慌てて煙草を踏みつける村瀬さんの様子が目に入った。
バカは無いでしょ、バカは。それに、煙草のポイ捨てはマナーがなってないじゃん。
欄干につけた両手の力を加減してゆらゆらと乗り出した上半身を揺らしてみる。時々、足が車道から離れて、このままバランス崩したら下の海に真っ逆さまだな、なんて考えたりした。
――どこまで、堪えられるかな……。
吸い込まれそうな空間を見つめながら、ゆっくりと暗い海へと体を傾けてみた。もう、結構足は上がっているはずだ。ちょっとでも手が滑ったら、あっという間……。
「カズトっ!」
近くで響いた怒鳴り声と同時に、ぬぅっと目の前に出された腕に上半身を捕らえられた。途端に強い力でグンッと後ろに引っ張られる。
普段ならここで、バカヤロウッ! と怒鳴られるところなのに、今夜はなぜか違った。ぎゅうっと後ろから村瀬さんに抱きしめられると、橋の欄干に強く押しつけられる。
ええっ!? なに? なんなの? 咄嗟の事に状況が把握出来ない俺に、
「動くなっ」
村瀬さんの叱責と同時に、強い光が俺たちを包んだ。パアアアンッ! と弾ける音がすると強烈な風が体に吹きつけてきた。
ぶおおおんッ!
地響きがスニーカーの裏から伝わってくる。もう一度強い風が舞い上がって、村瀬さんの腕の間から微かにトラックの赤いテールランプが遠ざかるのが見えた。
地響きが消えて風も治まると、急に辺りを静寂が包む。俺を抱きしめて、はーっと息を吐いた村瀬さんが体を離すと肩に手を置いたまま、
「……お前、ええ加減にせえよ……」
「うん……。ごめん、ありがと……」
薄いオレンジ色の街灯の下でも、村瀬さんの怒っている表情が見えた。(これは怒った顔だ……)
村瀬さんは俺の腕を乱暴に掴むと、ズカズカと車道を横切った。先に俺にガードレールを跨がせて歩道へと誘うと、自分もガードレールを飛び越えた。
「まったく、お前は、いつもいつもフラフラしてからッ! そんなけえ、前みたいに大怪我するんじゃろうがっ!」
あれは大怪我には入らないけど……。
ガミガミと叱られながら、俺は村瀬さんと急接近するきっかけとなった去年の夏の初めの出来事を思い出していた。
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