君がくれた世界

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 警察の現場検証の経緯を大人たちが話しているのを耳から溢しながら、俺はもう少し彼と一緒にいたかったな、と残念に思っていた。  帰りは母親と一緒に来ていた勤め先の社長の車に乗せられて家路についた。車の中でそのオジサンから、大変だったね、と話かけられて、はい、と殊勝な振りをした。  でも、運転席と助手席に座って会話をする母親とオジサンを見ていたら、ああ、二人はそういう関係なのか、とぼんやりと思った。  初めての松葉杖生活は思った以上に不便だった。  さすがに怪我の翌日は学校を休んだけれど、その次の日からは無理をして通うことにした。期末試験も始まるし、休んでしまって貴重な夏休みを補講で潰されるのも面倒だったからだ。  試験は三日間で午前中だけだしな、なんて軽く考えていたけど、これがかなりの選択ミスだと練習のつもりで家を出て直ぐに思い知らされた。  慣れない松葉杖での歩行に直ぐに両腕が悲鳴を上げた。普段使わない筋肉が痛くなるし、バランスを崩して思わず右足を地面に着きそうになる。  実際、何度か右足を着いて、その度にズクンッと疼く痛みに耐えなくてはならなかった。  それに学校までの道のりも気が滅入った。何度もJRやバスを乗り換えて行くことに、大層な不安を覚えた。  うーん、と思案していると母親が、 「路面電車なら乗り換えしなくてもいい便もあるわよ」  調べてみると朝早い二便だけ、一旦乗ってしまえば学校前の電停に着く電車があった。  まあ、ここからなら確実に座れるし学校に着くまで寝ていられるしな。  かくして試験の一日目の朝早くから、松葉杖の音を響かせながら登校することとなった。 「小泉!? お前、大丈夫なんか?」  学校前の電停で、電車を降りて歩く俺を見つけた山内が急ぎ足でこちらに近寄ってきた。 「しばらく休むんか思うとった」 「休まないよ。テスト受けないと面倒臭いし」  俺の松葉杖と包帯グルグル巻きの右足を見て山内は痛そうに顔を歪めると、大変じゃのう、と言った。  先に校舎に行けばいいのに山内は俺に合わせてゆっくりと隣を歩く。 「お前の事故、新聞にも書かれたんで。知っとったか?」  翌日の朝刊に、ほんとに小さく記事が載ったらしい。
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