君がくれた世界

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 彼と別れる事に少し残念な気持ちになる。そんな俺の気持ちなんか分かる訳もなく、電車は降りる電停に静かに停車した。俺は観念して、よっこらしょ、と松葉杖を支えに立ち上がった。すると何を思ったのか、村瀬さんが車内から電停へ先に降りていく。  三本足で扉の前に立つと、乗り込む時には感じなかったのに車輌とホームとのかなりの段差に、ぶるっと体が震えた。そのあまりの高さに怖気づいた俺に、 「小泉くん」  えっ? いま、名前を呼ばれた?  声のするホームを見下ろす。そこには先にホームに降りていた村瀬さんが俺を見上げて、そして、恭しく右手をこちらに伸ばして差し出していた。 「大丈夫。支えてあげるから」  う……。わぁ……。なに? なんなの? このヒト……。  出された右手は、しっかりと支えてくれそうで。向けられた眼差しも、とても頼れそうで。白い開襟シャツに、ちょっと変わった形の帽子が斜めにかけた鞄の紐と相まって、どこか外国の軍服に見えてきた。  それにその笑顔……。馬車から降りてくるお姫様のお手を取る騎士みたいだ……。 「小泉くん?」  また、声をかけられて現実に戻る。村瀬さんが固まったままの俺の近くに寄ってきて、 「一人で降りるの難しい? じゃあ、肩を貸すから、そこの握り棒をしっかり持って」  今度は右手側になった棒を握る。村瀬さんが俺の松葉杖を二本とも受けとると、右足をステップにかけて、下から俺の腰に右腕を廻してきた。そのあまりの近さに、どきん、とする。 「ちょっと、こっちに体重かけて。せえのっ」  気合いを入れたわりには、やけに軽々と右腕だけで体を担がれて、そのままストンとホームに下ろされた。左足で立っていると体がぐらぐら揺れてそのまま、ぼすんっと村瀬さんの胸に顔を押し当ててしまった。 「おっと」 「すっ、すみませんッ!」  いいよ、と村瀬さんが笑って右手で俺の肩を支える。そして左手に持っていた松葉杖を返してくれた。なおもぐらぐらしながら何とか松葉杖で安定を取り戻すと、急に色んなことが恥ずかしくなってきた。 「よし、大丈夫だね。じゃあ、出発するから電車から少し離れて」  後退りをして村瀬さんが車内に乗り込むのを見送る。村瀬さんは周囲の安全確認をすると電車の扉を閉めて、運転士に発車の合図を送った。
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