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プシュウ、と電車のドアを全て閉めて電源が落とされる。ホームにも落とし物が無いかを確認しながら、料金箱を持ってこっちに歩いてくる背の高い深い緑色の制服姿に、いつ見てもかっこいいなと思ってしまう。
「……お客さま、改札口の近くにも両替機はありますが」
村瀬さんのため息まじりの顔がはっきり見える。
「いいじゃん。小銭が少ないほうが、鞄の中のお金を確認するのが早く終わるでしょ?」
差し出した千円札を村瀬さんは受け取ると、肩から斜めに下げている小さな黒い鞄から小銭を出し始めた。
「百円玉と十円玉だけでいいよ」
俺の申し出に村瀬さんは一度手にした五百円玉を百円玉五枚に取り換えると、大きな手のひらにきれいに並べて確認する。それに少し顔を近づけて、俺も小銭を数える振りをした。
「八、九、十。はい、これで千円分」
差し出した手のひらに村瀬さんが千円分の小銭を置いてくれる。ありがと、と返事をしながら、ちょっとだけ手のひらに触れた村瀬さんの指先の感触を心地好く感じていた。しっかりと村瀬さんの顔に焦点を当てて笑いかけると、微妙に村瀬さんが視線を外した。
「カズト、お前、どうやってここから家まで帰る気なんだ?」
「んー? 歩いて?」
「また一時間もかけて歩く気か? こんなに暗くて寒いのに?」
「大丈夫だよ。宮島街道(みやじまかいどう)沿いを歩くから」
馬鹿、それが心配なんだ、と村瀬さんが呟く。
「それじゃ、宮島線の線路の上を歩いて?」
「馬鹿たれ。そんなことダメに決まっとるじゃろう? ほんまにいっつもアホ言うてから」
(――あ、言葉遣いが変わった……)
受け取った小銭から広島市内からの料金分を抜き取って、村瀬さんに向かって突き出す。
「お前、ええ加減、カードにせえや。いつも両替頼んで面倒臭くないんか?」
出された小銭を受け取りながら、何度目かのため息が白くホームの照明に照らされた。それは、ふぅ、と微かに俺にかかってくる。
ダメだなあ、村瀬さん。オトメゴコロを理解しないと。そんなのだからいい男なのに未だに次の彼女、出来ないんじゃん。
「いいんだよ。これもコミュニケーションの一つなんだから」
「何がコミュニケーションじゃ。一番、不足しとるお前に言われても素直に頷けんわ」
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