君がくれた世界

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 あの夏の昼下がり以来、俺にしては素晴らしく積極的な行動を今まで重ねてきた。  時間があれば路面電車に乗った。もちろん、彼が乗務している電車を狙って。たまに自宅近くの駅をわざと乗り過ごして終点にまで行った。車内の椅子が空いていれば車掌台の彼の後ろに座ったし、明るく声をかける事は忘れなかった。  とにかく、少しでも彼の印象に残るように頑張った。  秋も深まったある夜、うっかり終電を乗り過ごして終点まで行ってしまった事があった。灯りが落とされる駅前で途方に暮れる俺を見つけた彼が、家まで送ろうか? と言ってくれた時には、そのまま羽根が背中から生えて飛んで行ってしまいそうな気持ちになった。  ほんと、冷静に考えたらストーカーだよね。  だけど、その努力の甲斐があって、こうやって下の名前で呼んでもらえるようになったし、バイクに乗せてもらえるようになったし、他所行きの標準語じゃなくて広島弁で話してくれるようにもなった。  ……ガミガミと叱られるくらい、お互いの距離も縮まってきたしね。  あの夏の日に気がついたのに解らなかった気持ちは、今では、はっきりと『恋』なのだと理解している。
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