君がくれた世界

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 少しいやな顔をしたのに山内は気がつかなかったのか、俺のあとから宮島口行きの路面電車に乗り込んだ。  ――村瀬さんの電車に乗れると思ったのに。  何となく、彼の乗務する電車に乗れる予感はしていたのに、イラナイヤツが一緒だったから仕方無くやって来た宮島線の電車に乗る。いつもなら車掌台の直ぐ後ろの席を陣取るのに、 「小泉、一番後ろが空いとるで。お前、ここに座れば?」 と、三両目の運転席の直ぐ後ろの席を指差されて、小さくため息をついた。  どうせ、村瀬さんには会えそうも無いし、もうどこでもいいや――。  俺が指差された席に座ると、少しだけ間を空けて山内が座った。やがて電車は広島駅前を出発して、市内の中心部を抜けながら進んで行った。  信号で止まるたび、冬の木枯らしの中を寒そうに歩くニンゲンたちの姿を目に写す。何れも皆、ぼんやりとした同じ顔で、まるでマネキンが歩いているように感じられた。  隣の山内はさっきから少し声を張って俺に話しかけてくる。電車の音に負けないようにしているのだろうけれど、どうにもコイツは地声自体が大きくて一緒にいると恥ずかしく思えた。  山内の問いかけに、当たり障りの無い返事をしながらやり過ごしていると、やがて電車は宮島線との中継となる駅に着いて、乗務員の交代を終えてから走り出した。  尚も話を止めない山内を横にして俺は山側の流れる景色に視線を移す。その時、車内に響いたアナウンスの声に、ピクッと耳が反応した。  ――村瀬さんだ。  相変わらず帽子を被った後ろ姿はすっとしていて、離れていても直ぐに彼だと判った。  あ、こっちに来る――。  アナウンスの終わった村瀬さんは座っている客に視線を向けながら、揺れる車内を進行方向から巡り始めた。一通り巡ると戻ってきた村瀬さんが俺の姿に気がついて近寄ってきた。 「カズト。何だ、今日は学校だったのか」  にこやかに話しかけてくれる。本当は物凄くうれしいんだけど、隣の山内が気になって曖昧に返事をした。 「うん、まあ、そう……」  うう、こんな返事、本当はしたくないのに。 「お前、あのあと、体は大丈夫だったか?」  あの夜、うちの近くの電停までバイクで送ってもらって、元カノメットと雨合羽を返した瞬間、俺は盛大なクシャミの連発を村瀬さんの前で披露した。
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