君がくれた世界

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「……うん、大丈夫。風邪は平気」  俺の短い返事に村瀬さんは、チラッと隣の山内を見て、友だちと一緒か、と優しく微笑んだ。そして、近くなった次の駅のアナウンスのために大股で車掌台に戻っていった。 「なあ。アイツ、あの時の駅員じゃろ?」  車掌台に戻った村瀬さんの背中を見ながら、山内が聞いてくる。 「……駅員じゃなくて、車掌だよ」 「どっちでもええわ。けど……、何でアイツが小泉の事、下の名前で呼ぶん?」 「あのあとから電車に乗ったときに時々会ったんだよ。それから話すようになったんだ。右足の具合も気にかけてくれたし……」  素っ気なく返事をした俺に、ふうん、と山内は面白く無さそうな雰囲気で頷いた。  冬の夕暮れは陽が落ちるのが早くて、路面電車に乗ったときにはまだ明るかったのに、もう、空は濃紺に染まっていた。  途中、宮島線沿線の女子高の生徒が何人か乗ってきて、俺たちの近くで何やら村瀬さんをチラチラ見ながら、くすくすとお喋りをし始めた。 「……女子に人気らしいのう、アイツ」  面白く無さそうに山内が言った。それには何も返さずに、彼女たちの姿をぼんやり眺めていると、また、村瀬さんがこちらの車輛に歩いてきた。  女の子たちは急にお喋りを止めて、やや緊張した面持ちで村瀬さんの行動を見つめている。そんなことなど知らない村瀬さんは、俺たちの近くに寄ってくると、 「カズト、今日はちゃんと降りるんだろう?」  ――ほんとはこのままずっと、村瀬さんと一緒に乗っていたいよ。 「今日は友だちも一緒だから、乗り過ごす心配は無いな」  村瀬さんはまた山内を見て笑って行ってしまった。 「……何なん? アイツ」  益々、不貞腐れた様な言い回しを山内がする。女の子たちは村瀬さんに話しかけられた俺たちを見ながら、またお喋りを始めた。だけど何となく、その空気がピリピリと痛く感じた。  宮島線の電車はやがて山陽本線の駅と隣接した大きな電停へと停車した。確か山内はこの駅で降りるはずだ。なのに、山内は一向に降りる素振りを見せなかった。 「……ここじゃ無かったっけ?」
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