君がくれた世界

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 電車がホームに停まると村瀬さんが扉を開けた。女の子たちは皆、村瀬さんの顔を眺めながらピッピッとカードをカードリーダーに翳して出ていく。俺もとうとう観念して、ズボンの後ろポケットの財布を取り出した。 「何? カズト、お前、カード持っとらんのん?」  千円札を出す俺の右腕に今度は自分の左腕を絡ませて山内が体を押しつけてくる。  一体、どうしたんだよ? 急に馴れ馴れしい……。  何とか山内から体を離すと、俺たちを待つ村瀬さんに千円札を突き出す。  またか、お前は、と、小さく笑った村瀬さんが俺の千円札を受け取ろうとしたとき、急に、パンッ! とカードリーダーに定期入れを置いた山内が、「これで、二人分引いてや」と、乱暴に言い捨てた。  その山内の行動に呆気に取られる俺に、「……いい?」と、聞いてきた村瀬さんを、なぜか山内が軽く睨みつけてぶっきらぼうに、 「エエから。早うしてぇや」  ……村瀬さんに対して、何て態度を取るんだよ。  村瀬さんは黙ったまま、カードリーダーを操作して二人分の料金を引き去る。山内は千円札を握った俺の手を乱暴に掴むと、 「ほら行くで、カズト。あの子ら、待たせたら悪いし」  グイッ、と引っ張られて前のめり気味に電車から降ろされる。手を繋いで電車から降りてきた俺たちを見て女の子たちがキャアキャアと騒いだ。 「だって、俺ら仲良しじゃもん。な、カズト」  大きな声でおどけて言う山内を尻目に、俺は窓際の村瀬さんに視線を向けた。  ……村瀬さん。  いつもなら、帽子のつばに手を添えて笑って見送ってくれる村瀬さんが、今日は真っ直ぐに前を向いたまま電車がゆっくりと離れ始めた。俺は離れていく村瀬さんの横顔を見つめる。なぜか、その横顔は怒っているように見えた。  女の子たちに自分から声をかけたのに、山内はその子たちとそんなに話もせずにソフトクリームを奢るくらいで、あとは俺の腕を掴んだままショッピングモールのあちこちの店を冷やかすように巡った。  女の子たちも途中までは一緒で、村瀬さんの事も二、三、聞かれたけれど、その度にあの横顔を思い出して、余計に気分が落ち込んだ。  面白く無くなったのか彼女たちは離れていって、俺は盛大に、帰る、と山内に宣言した。
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