君がくれた世界

39/110
前へ
/110ページ
次へ
「そんなに、はぶてるなや、カズト」  何だよ? はぶてるって。 「奢ってもらったのは礼を言うけれど、ここまで連れて来られたのはかなりの迷惑だ。それに下の名前で呼んでいいとも言ってない」  初めて俺の怒りに触れた山内は、どうしていいのか分からずに少しオロオロし始めた。 「ゴメンって。少し調子に乗りすぎたわ」  俺を見下ろしながら頭をガリガリと掻いて、クラスメートは大きな体を小さくする。 「そんでもアイツはお前のこと、下の名前で呼んどったで? それは、ええんか?」  村瀬さんの事を『アイツ』呼ばわりされて、さっきの山内の態度の悪さを思い出す。 「なんか、お前に親しげに声をかけてきてから。俺ら、客じゃろ?」 「いいんだよッ! あの人はっ」  急に声を張り上げた俺に山内が驚いたのか、体をビクリと揺らした。 「取り敢えずもういいから。疲れたし、俺、マジで帰る」  スタスタと店内出口に向かう俺に、山内が謝りながらついてくる。デカイ声で、ゴメン、小泉、と繰り返されて、もういいから、と返事をした。それでも山内の謝罪はショッピングモールに近い電停に着くまで続く。  流石に俺の様子でこれ以上、つきまとうのは無理だと思ったのか、山内はぺこぺこしながら反対側の電停にやって来た広島駅行きの電車で帰っていった。その電車を見送ると今度は宮島口行きがやって来て、俺はやっと一人になれる空間に乗り込んだ。  電車の中でスマホをいじっていると、母親からのメールが入っていた。 『今日も残業だから、夕飯はどこかで済ませてね』  見え透いた嘘は、とても感じが悪い。どうせ、あの社長と一緒なんだろ? スマホを仕舞おうとすると、もう一通メールが入ってきた。 『こちらの大学の願書を送っておいた。航空券も同封しているから連絡ください』  父親からだ。スマホの画面を落として、ふぅ、とため息をつく。  どうして、こんなに他のニンゲンに振り回されなくちゃいけないんだよ……。  ぼんやりしていたら自分の降りる電停を乗り過ごしてしまった。  もう、いいや――。  俺は暗い海を眺めて、近づいてくる神の島の灯りに視線を移した。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

768人が本棚に入れています
本棚に追加