君がくれた世界

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 村瀬さんの言葉に自虐的な笑顔を作った。おおい、村瀬ぇ、と事務所の扉から体を覗かせて、坂井さんが俺たちに大声をかける。 「あとはワシがやっとくけえ、そのボウズを送ったれ」  ええっ? と嫌そうに返事をした村瀬さんを横目に、心の中でガッツポーズをした。 「どうせ帰り道じゃろうが。それに、そんな細っこいのが夜中にヒョロヒョロ歩いとってトラックにでも跳ねられたら、こっちの寝覚めが悪いけえのう」  物騒な坂井さんの台詞を受けて、村瀬さんが俺に向かって視線を投げかける。俺はそれを見上げて、にっこり笑ってお返しした。  はぁ、と今度は盛大にため息をついて、制帽を脱いで髪をガシガシと掻いた村瀬さんは、「……そこのコンビニで大人しく待っとれ」と、言ってくれた。  改札を抜けて足取りも軽く、待つように言われた駅舎の隣のコンビニには寄らずに、船着き場前のロータリーを横切った。オレンジ色の街灯が照らし出す風景は、昼間の観光客の喧騒はどこへやら、寂しさの中にもホッと息をつける様相を見せていた。  ふんふん、と鼻唄混じりに白い息を吐きながら、冷たい潮の香りが漂う船着き場の横の防波堤へと足を向けた。次第に小さな波が防波堤にぶつかる音が聴こえてきて、やはりここは海なんだな、といつものように再認識する。  制服のポケットに突っ込んでいた両手を出して防波堤に手のひらをつけた。冷たっ、と思わず一人言をこぼしたあと、よいしょ、と防波堤によじ登った。そのまま冷たい防波堤に腰かけて、何もない暗い空間に両足を放り出すと目の前の海へと視線を向けた。  船着き場とせりだした桟橋の照明が当たってキラキラと耀いていた海面は、遠くを望むほどに、暗く黒くなっていく。対岸の神の島へ視線を移すと、小さく見える赤い鳥居が明るく照らされながら暗い空間に鮮明に浮かび上がっていた。  ひゅうっ、と吹き抜ける冷たい海風に、ぶるん、と体が震える。それでも村瀬さんを待つ間のこの時間は、自分にとっては愉しい時間だった。  ――俺は今、恋をしている。それも相手は女の子ではなくて、二十代半ばの成人男性。  何も知らない子供の俺にだって、この気持ちが今の社会ではちょっと普通では無いことは十分に分かる。だから、この気持ちは誰にも言わない。自分だけの秘密だ。
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