君がくれた世界

40/110
前へ
/110ページ
次へ
 村瀬さん、いるかな……。  終点の宮島口駅に降り立って改札へ向かう。もしかしたら折り返しの広島駅行きに乗務したかも知れないけれど、それだったら少し暗い海と対岸の島の灯りを眺めて帰ろうと思った。  夜の海は好きだ。太陽の光に全てを晒される昼間とは違って、空と海の境界が無くなって、どこまでも世界が続いている感じがする。  山に囲まれたように見える狭い瀬戸内の海も、浮かぶ島々が見えないだけで大海原に変換出来る。  家の近くの電停からは小さな港が見えるけれど、そこから眺める景色は行き交う船も沢山あって、とても忙しない感じがした。  だから全てが動きを止めて、島々の町の灯りだけが星みたいに瞬く夜の海の方が、ありのままの自分を受け入れてくれるように感じていた。  改札を抜けた俺に、おう、ボウズ、と、太いダミ声がかかった。  声の方へ振り返って、近づいてくる濃緑の制服の胸元を確認しようとしたけれど、その人物は残念ながら制服の上から制服と同じ深緑色のコートを着ていた。えっと、この声とボウズって呼び方は、 「……坂井、さん」  今日も乗り過ごしたんか、と言われて運転士の坂井さんで当たりだとホッとする。 「ねえ、村瀬さんは?」 「村瀬か? このあとは最終の広島駅行きに乗務じゃけど、今は誰か訪ねてきて休憩しとるぞ。そこの喫茶店に行ったから、まだ、居(お)るんじゃ無いか?」  そこのカフェ、ね。ありがと、とお礼を言ってカフェに向かおうとしたとき、 「訪ねて来たんは、エライべっぴんさんじゃったけえ、邪魔すんなよ、ボウズ」  ……女の人? 何だかいやな予感がしながら駅舎を出る。  宮島へのフェリー乗り場の前には、土産物やもみじまんじゅうを売っている大きな店があって、そこの一階にお洒落なカフェが併設されている。  多分、もうすぐ閉店のハズだ。カフェはガラス張りだから、店内の様子は小さな道路を挟んだこちらからでも窺う事が出来る。  何となく、姿を見られないように死角を探しながら移動して、店内へ目を向ける。
/110ページ

最初のコメントを投稿しよう!

768人が本棚に入れています
本棚に追加